木々の声を聴く 2016年8月

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今年は冷夏の北海道、岡田さんから夏のブログが届きました。

 

「休みはどっか連れていってもらうんか?海は?」

夏休みに入った近所の子供たちに訊ねてみると、「行きたいけど、寒いから海で泳ぐなんて今は想像できない!」と返ってきました。

 

季節は夏になっているはずなのですが工房の周りにはその雰囲気がまだほとんどありません。

いつも涼しい地域ではあるのですが今年は例年以上に気温が上がらない。

天気の良い日がとても少なく、ヒンヤリドンヨリの日々が続いています。

色んな年があるものです。

北海道ではお盆頃になると朝夕の気温が下がり始めるので、今年は暑いという言葉をほとんど発することなく次の季節の寒さを感じる、という事になるかもしれません。

冷夏、日照不足で残念ながら今年の北海道は農作物の出来の悪い地域が多くなりそうです。

 

 

 

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こんな年は木々の成長も穏やか。

幹はあまり太くならず幅の狭い年輪が刻まれる。

成長に適した年、そうでない年。年輪に情報を記録しながら少しずつ少しずつ成長し、木々は100年、200年、500年と大地に立ち続ける事ができます。

土壌や降雨の環境が適していれば1000年、2000年と成長を続け、北米には樹齢5000年の木も存在しています。

樹齢の高い樹が多ければ、森林そのものが安定します。

高齢樹の周りは長い期間に渡って一定の環境を保つことになるので、他の植物や動物の生活環境も安定するからです。

しかし、現在はその何百年という自然サイクルの状態の森林は世界の中でも本当に僅かになってしまいました。

 

日本にはもう原始林というものは存在しません。

原始林とは人の手が全くつけられていない地帯の事です。

原始林に準じて、人が入った事はあるが伐採されなかったり、またいくらかされたとしても自然の状態を保てている林を原生林と呼びます。

屋久島、知床、白神山地などが原生林と呼ばれていますが、個人的にはこれらは「原生林」ではなく「原生の名残のある林」と呼ぶのが正確な表現だと感じています。

屋久島でいうと室町時代から杉、桧の伐採が始まり、鹿児島の神社に使われたという記録があります。

豊臣秀吉の命令で建てられた寺や大阪城にも使われている。

江戸時代には年貢として薩摩藩に、そしてそこから江戸へと送られていたのでかなりの量が伐採されていたはずです。

「屋久杉」といえば特徴としてゴツゴツした肌の木や曲がりくねった木を想像しますが、これらは材として利用価値が無かった為に山に残されたのです。

屋久島にも真っ直ぐできれいな肌の杉や桧の大径木の木が沢山あったはずですが、それらは引き出されて今はないだけです。

林の姿も今とは幾分違っていたはずです。

原生の姿と違いがあるとしても今は今で屋久島には沢山の良さがある訳ですし、木材を利用するという事自体に問題がある訳でもありません。

過去と現在をきちんと見つめる為には、聞こえがいいからといって安易に「原生林」などと呼ばず、これからどうすべきかに焦点が合うようにした方が良いと思います。

 

大阪で城を建てる際になぜ遠い屋久島から材を取り寄せたかと考えると、ここには過去の問題点が出てきます。

答えはシンプルです。

関西、中部、四国、中国、九州地方の人力で搬出できる範囲内には大径木がすでに無かったのです。

日本での森林荒廃の第一期は8世紀頃と言われています。

原因は平城京、長岡京、平安京の都と大量の寺社仏閣の建設。

近畿地方の森林の相当部分が失われた。

それからも次第に伐採地域を拡大していき大阪城を建てる頃には南は屋久島、北は東北から材料を取り寄せなければなかったのです。

 

森林破壊は戦国時代の終わりとなる安土桃山、それに続く江戸時代でさらに進みます。

戦いの時代が終わり安定したことから人口が倍増。

江戸や地方の城下町は建設ラッシュ。

当時の燃料は薪、鉄の精錬には木炭。

燃料が原因で火事が頻発しては街の再建設の繰り返し。

人口が増えた為に食料が必要となり森林は切り開かれ農地拡大。

大名は豪奢な城を建てて自己満足。

結果、山は荒れました。

樹木を失った山肌は土壌侵食に弱く、台風や雪解けの度に土が流れ出ます。

侵食された土は流れ出て川の形状を変えてしまい、それまでの灌漑システムが崩壊。

作物の生産量が減少し、大きな飢饉に何度も見舞われる事になりました。

ちなみに人口は8世紀では約500万人、13世紀で約1000万人、18世紀中ごろで3000万人となっている。

現在と比較すればかなり少ない人口でも調子にのって少し無理をすればあっという間に資源は枯れる。

 

幕府はその後の2世紀を何とか乗り越えます。

山には苗木を植え侵食を抑え、木材は北海道南部にまで渡って取り寄せる事を始めた。

同時にアイヌから燻製鮭、乾燥アワビ、乾燥ナマコ、昆布、鹿革などを米、酒、タバコ、綿などとの交換で入手。

(結果的にエゾシカと鮭が激減し、アイヌは狩猟採集の生活が出来なくなり、本州からの輸入に頼らざるを得ない状況になってしまい、民族の文化が消滅。)

漁業量拡大、鯨、アザラシなどの海洋哺乳類の捕獲。

石炭の使用。

人口増加の抑制などなど。

 

何とかしのいでいる間に少しずつ緑は戻り、そして現在があります。

人工林の育成などはこの当時に始まっているので人々の努力もあるでしょうし、鎖国をしているので頼るものがなく自分たちで乗り越えなければならないという覚悟も作用しているかもしれません。

しかし、森林が回復できた一番の理由は地理的に恵まれていたという事です。

火山による地力の若さと逞しさ。そして雨が多い事で樹木の成長速度が速いために破壊された状態から回復する事ができた。

 

森林破壊の歴史は世界各地にあり、地理的に恵まれていないとその後の回復に苦労します。

例えばアイスランド。

アイスランドへの入植は9世紀、ノルウェーからとされています。ヴァイキングの人々です。

入植当時アイスランド島の4分の1は樺がメインの森林、高地は草原に覆われた緑溢れる大地だった。

入植者はノルウェーでの生活様式を続けようと羊、牛、豚、ヤギなどの飼育をすぐに始めます。

高地の草原に家畜を連れていき放牧するとすぐに問題が発生。

豊かに見えた草原は脆弱で再生力が非常に弱かった。

家畜が食べると火山灰からなる土壌が姿を現し、雨や雪解けの度に侵食されて、緑は海へと流れ、荒れ地が残された。

北緯65度辺りの高緯度、しかも高地の草原は自然が何百年、何千年の時間をかけて育ててきた上でその姿になっていただけで、人の手が入ればバランスが保てず、すぐに崩壊してしまう土地だったのです。

燃料を得るためと低地の牧草地を増やすために森林は伐採していった。

最初の数十年で森林は元の20%になり、現在残っているのは4%、国土の総面積の1%足らずです。 アイスランドは氷河、火山、滝、オーロラなど、他では見る事の出来ない非常に美しい景色で人々を魅了する地域です。

しかし、地理的、土壌的に弱い地域で、人が入った事で再生可能な資源でも枯渇してしまい、再生不能な状態になってしまった事実を知る事。また過去にあった今とは違うまた別の美しさを想像する事も大事なのではないかと思います。

アイスランドでは現在も土壌回復の為の研究、取り組みが行われています。少しずつ、少しずつでありながらも回復の方向へ向かっているようです。

 

木を扱う仕事を始めて20年以上になりますが、良質な材を手に入れるのが非常に困難になってきました。

国産材、輸入材とも徐々に質は低下し、それに反比例して価格は上がり続け20年前の3倍以上です。

しかも、徐々にであった材料の質の低下度合いはここ数年で急激になってきた感があります。

樹木が育つサイクルと消費量のバランスの差が許容範囲を超え、ごまかしの利かない所まできたのだと思います。

家具で一般的によく使われるナラ材は世界各地の森にあったのですが、徐々に量が減りそれぞれの地域でまかなう事ができなくなりました。

それでここ10年弱の間ロシア産材に大きく依存する形となっていましたが、世界中が一気にロシアに求めた為に、現在はワシントン条約の輸出規制の対象となりました。

頼る側の数が多すぎて、ロシアの広い森林をもってしても瞬く間に足りなくなってしまった訳です。

世界のどこへでも流通出来る上での明らかな質の低下は地球規模の森林荒廃期に入ったと考えていいと思います。

資源を使わなければ人は生きていけませんが、消費量を調整しない限りこのままでは必ず行き詰ります。

 

 

 

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物を作る職業を倫理的視点から見つめるとジレンマに陥ります。

物が溢れている今の世の中で、さらに資源を使いながら物を産み出す必要性が果たしてあるのか。

対極にある問題は、真摯に取り組み新しい物を作り出す事、そしてこれまでの失敗の反省を含めた上で未来を作る精神や文化を放棄しても良いのか、というもの。

これは全ての職業、また、すべての事柄でも同じ所に辿り着くと思います。

物事の理想や本質を探ろうとすれば、行く先には必ず不条理が待ち受けている。

アルベール・カミュはこのような不条理な運命に対して目をそむけず理性的に見つめ続ける態度を「反抗」だと定義しています。

反抗する為には非常に強い意志が必要となります。

本質に答えはなく、自分の倫理観に基づき、その時その時で物事を選択しなければならないからです。

 

新しいモノも成長も求めずに生きていくなんて事は、ほんの少し考えただけでもとても退屈です。

しかし、森林という一つの側面からだけでも過去を顧みると、経済的な繁栄や成長を求めるだけでは行き詰まってしまう事が分かります。

成長の課題を変更すべきです。

人間としての内面的な成長がまず取り組むべき課題なのではと考えます。

 

近い地域の事、遠い地域の事をしっかりと見つめ、そして自分の内面に反抗しながら、この夏も自分に出来る事をこなしていきたいと思います。

 

世の中に反抗的な人が増えていきますように。

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pat woodworking 岡田通人 profile

 

兵庫県西宮市で建築業に携わった後、pat woodworkingとして家具制作業にシフト。

大自然の広がる北海道黒松内町に工房を構え、たった一人で作業に取り組んでおられます。

 

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